馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

競馬する本能

▼浄閑さんのところでちょっとしたやり取りがありまして、まぁその件については立場上絡んでみたものの、スタンスの差異は埋まらず。というか、JRAの防疫体制に不備があったのは動かしがたい事実なのでそこは覆しようがないんですけどね。その不備を具体的に言うと、氏がコメント欄でご指摘された、

  • 厳密なインフルエンザ検査を行う
  • 陽性馬を隔離、治療する

という基本的な防疫ができていない点。これは、今回については現状追認でリスクを取ったにしても、今後改善すべき点であることは間違いないでしょう。なにしろ、事態発覚から1週間経っても結局「全頭検査」は行われず、当然「陽性馬の隔離」も不可能(馬房のあるなし以前に全陽性馬を特定できていない)なわけですから。


 言い訳くさく聞こえるかもしれませんが、自分のところで起こしたエントリについても、基本的に一部マスコミの根拠薄弱なJRA叩きを糾弾したものであって、防疫上の判断の是非については避けてきました(最悪「JRA管轄外に感染拡大させないための処置さえ徹底すれば、最低限のリスクヘッジにはなるのでは」という認識はありますが)。というのも、何分それを判断するための素養がないもので。ですので、浄閑さんのご指摘には頷くしかありません(正確に言えば、リンク先のコメント欄のように疑義を呈することはできても、反駁は無理)。


 それでも敢えて是々非々で言うなら、なんだかんだでプロ集団であるJRAと調教師の早期再開に向けた判断を、与えられた情報が彼我とも同じであるという前提の上で支持する、というスタンスとなりますか。そういう意味では、先週の段階でこんなコメントを出していた藤沢和雄師の今週の動向にも注目していたんですが、どうやら土曜に3頭、日曜に6頭出走させるようで。「馬優先主義」かつ「国際派」との呼び声高い師のことですから、もう少し違った判断があるかと、ある意味期待する部分もあったんですけど(強調部分は筆者の嫌味(ぉ)。ただ、小島茂師のブログには、

私がアイルランドに研修に行った時にひどく咳が流行ったことがあった。アイルランド外厩で国のあちこちに厩舎が点在している。今思い出すと今回の馬インフルエンザ騒動に症状は似ているが競馬は中止にならなかった。検査すらしていなかったように感じる。

馬インフルエンザ騒動の中、開催は決まったが・・・。 小島茂之厩舎の本音(公式ブログ)/ウェブリブログ

なんて記述も見られたので、もしかしたらそれがヨーロピアン・スタンダードなのか、とか一瞬思ったりもしました。まぁ、んなこたぁまさかありえんでしょうけど、自分にはそれを判断する材料すらないんですよね正直なところ。


▼で、それはともかく、そこで浄閑さんが繰り返し使われていた“本能”という表現がちょっと示唆的だなと思ったので、その点について。といっても、以下は実際的どころか、論理的でもなく、それどころか形而下的な話ですらない単なる自分語りなので、もし読まれるならその点踏まえていただければと。


 今回、朝日新聞に載った有吉氏の記事について、自分でも驚くほどの怒り(あるいは恐怖に近い感情)を持って取り上げたわけですが、なぜそこまで強い感情が湧いたのかについては、我がことながらちょっとはかりかねるところがありました。普段はもっと冷笑的に物事に当たるタイプだという自覚があるので。
 そして、はかりかねると言えば、須田氏が

これまでJRAは何事にも「疑わしきは安全寄りに」と判断する傾向が強かったわけで、それと比べると今回の判断はえらく唐突な印象を受ける。

http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=70345&log=20070823

とご指摘されている点、つまり「なぜJRAはここまで強硬に開催への意志を示したのか」ということも引っかかっていました。


 で、その辺を説明できるなにかがないものだろうかとつらつら思っていたところへ、その“本能”という表現がしっくりきたんですね。となると、一体どんな本能的判断がそんな行動に人を、組織を衝き動かしたのか(同じ方向性を向いていたという一点だけを取っ掛かりに、自分もJRAも同じ種類の本能に従った、と仮定して)。


 ここでまた小島茂師のブログから引きますが、その記事の中に

誤解を恐れずに書けば馬インフルエンザはいわゆる流行感冒。つまり単なる風邪といえばそれまでなのである。

馬インフルエンザ騒動の中、開催は決まったが・・・。 小島茂之厩舎の本音(公式ブログ)/ウェブリブログ

という表現がありました(追記:師があたかも馬インフルエンザを軽視していると思わせんとする意図を持って、敢えてこの部分だけ引いているのではありませんので念のため。よろしければ、リンク先の全文を是非ご一読ください)。で、そこから敷衍する形で、ただし僕の場合誤解を目一杯怖れながらそれでも一文で説明を試みると、

【インフルエンザで馬は死なないが、競馬がなければ馬は死ぬ。】


ということになるのかもなぁ、と。つまりは、生存本能の発露。つまりは、アイデンティティの危機。


 繰り返しますが、それは実際的どころか、論理的でもなく、それどころか形而下的な話ですらない、言わばポエムのようなものです。この点について形而下的な突っ込みを入れられても(例えば「風邪だってこじらせれば死ぬわい!」「1ヶ月やそこら競馬がなくたって馬は死なされんわい!」「競馬に対する信用を無くす方が問題だわい!」みたいな)、僕としてはスルーするしかない、と先に言っておきます(えー)。ただ、そうであれば自分の心の動きに(そしてもしかしたらJRAの頑なさにも)一定の根拠は与えられるなぁと、一部マスコミの謂れのない暴論に怒り或いは恐怖を覚えた理由を説明できるなぁと、ただ自分だけを納得させるための思い付きです。


 ・・・・・・あー、その文脈で言うなら、「体制を批判する」ことがマスコミの“本能”なのかも。


▼えー、そんなわけで以上。