馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

DNAと馬とゲームの規則

http://baji.cocolog-nifty.com/okera/2009/11/g1-8f70.html

私が関心があるのは「種牡馬になれない→残念だね」と多くのファンが思う背景は何かということです。

▼これは、この記事のコメント欄で、筆者であるガトー@馬耳東風さん自身が書かれた一文です。これを読んで、なんというか不意を突かれた気分になりました。
 もちろん僕も、「残念だね」という気持ちは強くあります*1。しかし自分としては、その感情の“背景”は自明なものだ、とばかり思い込んでいたからです。まぁ、考えてみれば単なる思い込みなんですが。


▼とりあえず、自分なりの「背景」を考えてみます。
 まず、感情面での答え。ヒトには、自らの遺伝子を残したいという本能と、見守る対象に感情移入する能力があります。となれば、前者と後者を掛け合わせれば、「功成り名を遂げた」名馬が自らの遺伝子を残せない、という事態にやるせなさを覚えるのは、至極自然な情動でしょう(特に男性には)。利己的遺伝子やらミラーニューロンやらといった専門用語や、競馬と人生を対比した寺山の「あの言葉」を借りるまでもありません。


 次に、理屈面からの答え。そもそも、競馬とはどういうルールのゲームでしょうか? この世界における、もっともクリティカルな規則とは? 自分なら、競馬を一言で表せと問われれば、迷わず「ブラッドスポーツ」だと応じます。<血統書付き>の父母の<自然交配>によって生まれた<純血>のみが参加できる(サラ系云々はアレとして)、壮大かつ緻密なゲーム。
 もう少し実際的な話もしましょう。過去の日本競馬において、最も「稼いだ」馬はどの馬でしょうか? テイエムオペラオー? そんな訳ありませんね。当たり前ですが、もちろん*サンデーサイレンスです。それはもう、桁が違います。直仔のダンスインザダークフジキセキでも、それぞれ種付け料だけで数十億円に達しているでしょう。競馬を「王を取ったら勝ち」のゲームに喩えるなら、その「王」は間違いなく種牡馬です。それ以外でのゲインなんて、極論すれば単なる余禄でしかありません*2


 もっと形而上的な話でもいいかもしれません。やがてその馬を直接知る人の記憶が残らず消えてしまうような時が流れた、その後に残るものはなんでしょうか? それは、名前です。名前しか残らない、と言っても過言ではありません。
 名前なんて1戦でも走れば競馬ブックにだってnetkeibaにだって残るじゃないか、という考え方もあります。ましてやG1でも勝てば、その名前は競馬がある限り永遠だ、という風にも言えるでしょう。しかし、この世界において名前が残るに最も価値のあるメディアはなんでしょう? 先程触れた「ゲームの規則」に沿って考えれば、自ずと答えは出るはず。そう、「血統書(スタッドブック)」です。
 例えば先日行われた菊花賞。その前後に、この日本中で一体どれだけの数の「ダンスインザダーク」という文字列が踊り、またその名が呼ばれたでしょうか? 血を残し、その血を継いだ馬たちの血統表に名を残すことで、初めてその馬の名は、単なる記録を超えて一種の不死性(immortality)を得ることになるのです(まぁダンスはバリバリ現役ですが)。


▼というわけで、「飛べない豚はただの豚だ」という台詞にならえば、誤解を恐れず言えば「血を残せない馬はただの馬だ」ということは、少しでも競馬というゲームの本質に考えを巡らせたことがあれば自明であろう……というのが今までの僕の考えです。
 もちろんそれでは大多数の「ただの馬」(特に牡馬)が哀れすぎますし、彼らに感情移入してしまったこの身がやるせなさすぎます。その心のズレを調整するためのバランサーこそが、「残念だ」あるいは「せめて幸せな余生を」という心の動きなのではないか、と。それは端的に言えば、「同情」という表現でいいのかな、と思います。


▼もちろんバクチの駒としてしか競馬(馬)を見ていない人だって沢山いるでしょうけれど、今の話の流れにおいてはあまり考える必要はないでしょう。スタンスは人それぞれ、で済むことです。しかし、ファンが抱く「種牡馬になれない→残念だね」という心の動きの背景に、「競馬はブラッドスポーツだから」以外で一体どんなバリエーションがあるのか、という点に絞れば、個人的にはかなり興味があります。みなさん、どんなものでしょうか。



(※エントリタイトルは『UFOと猫とゲームの規則』(飛火野耀・著)より採りました)

*1:書くことがいちいち分析的なのであまりそうは思われないかもしれませんが、自分としては感情面と理論面は切り離して表明しているつもりです。

*2:ただし胴元を除く