馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

慌てる乞食は貰いが少ない

http://www.keiba.or.jp/sienkin.html
http://www.nikkansports.com/race/f-rc-tp0-20070228-163190.html
<関連1>
ファンの寄付を重賞賞金に 高知競馬が禁断の一手: 競馬ブログ オケラセラ
http://hippodromes.blog52.fc2.com/blog-entry-377.html
かいばおけに金を投げ込めってさ - Fuck食場
<関連2>
ダートグレード競走 - Wikipedia
指定交流競走 - Wikipedia
▼「安西先生・・・競馬がしたいです・・・・・・」でお馴染み高知競馬がまたやってくれました!(ノリだけで書いています)この衒いのなさは、ある意味さすがあの坂本竜馬を輩出した土地柄だと納得させられる面もなきにしもあらず。あのハルウララのドタバタが狂“騒”曲(その後遁走曲)だったとすれば、今回のはさしずめ鎮魂曲でしょうか。まぁ、生前葬の香典と思えば腹も立たないでしょうし、高知競馬に何がしかの思い入れなりしがらみなりがある人は、気と懐の許す範囲で投げ銭してあげればいいんじゃないでしょうか。


▼昨日書いた「リソースの再分配」という文脈で言うなら、交流重賞だけでもIPATで買えるようにするというただそれだけ(当然、実現に至るまでのボトルネックとなるあらゆる条件をかっ飛ばしての仮定)のことで、背負わねばならぬ(というのは地方競馬側の単なる主観ですが)重い金看板から金の生る木に早変わりなのはほぼ間違いないわけです。日本競馬を侵食しようとしているガン細胞の芽はひとつではないと思いますが、個人的に一番の問題だと捉えているのは中央と地方の絶望的なdetachability。事実上の(つまりリソースの流動性という意味合いにおいての)関係性としては言い訳しようもないほどの主従関係であるにも関わらず、組織(企業、と言い換えてもよい)としてのお互いの立ち位置はどこまで行っても交わらぬ並立関係である、というこの矛盾。
 無理やりガンダム・・・・・・じゃなくて野球にたとえるなら、甲子園で大リーグやってるそばの西京極で韓国リーグやってたらそりゃ誰も見んわな、と(いくら試合日ずらしても)。窮余の策としてたまに交流試合をやっても実力の差は歴然で、どっちのファンにとってもつまらないこと甚だしい。なら、せめて西京極ではマイナーリーグをやるべきなんじゃないか、と単純に思うわけです。
 まぁ、現行制度では果てしなくありえないタラレバの話ですから、それこそお話にならないってなもんではありますが・・・・・・。


<追記:関連3>
区別か差別か、軽くグレード制について。 - 血統の森+はてな
▼「あれを見たか。おれは一生、この光景を忘れないだろう。血統の森のmomdoが競馬ネタの長文エントリを書いているぜ・・・・・・」

地方競馬の立ち回り、というのが向こう10年の我が国の競馬というものを左右するのかなと。いいかえるなら、地方競馬中央競馬からみて総称しているけれども、実態は各都道府県で個別の運営をしているのをこのまま続けるのか、というところか。地方同士の穏やかな合従連衡策が南関以外は行き詰ってるのを黙って見過ごすのか、つまるところ、地方が中央の下部組織になるということは、賞金格差を包容したうえでもなおありうるのか、とかなんとか。

そそそ、まさにそういうことですよ! そこが今後の日本競馬におけるクリティカルパスであることは、少なくとも傍観者サイドから見れば論を俟たないところであって、あとは当事者にその気があるのかどうかという局面まで来ているわけですよね(多分)。そこでJRAが「吾に余剰兵力なし。そこで戦死せよ。 言いたいことがあればいずれ天上で聞く」とでも言い放ってくれれば、それはそれでスッキリすると思うんですけど(ひどい言い草ですが)、形ばかりの同盟関係で体裁を繕いつつ勝算の薄い消耗戦をダラダラと続けていく、という未来予想図は、見るだけで軽い倦怠感をもたらします。どうするつもりなんでしょうね、という問いかけの主語すら明確にならないこの状況に、果たして出口はあるんでしょうか。