馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

島国根性の陰謀論者

オーバーペースに気を付けて - “競馬場通り”の住人
▼前の税金問題の一件以来全然読んでなかったんですが、またぞろ某所で話題になってたので見に行ってみたら、これはまた・・・・・・。

この額はラムタラが移籍した時の評価とほとんど互角だから、驚くほかはない。

▼いやぁ、妥当なところじゃないでしょうか。まぁここは印象論になってしまうところではなりますが、

でサンデーの血が入った馬を殿下が40億円で買うのと、ヨーロッパ三冠(しか走ってない)馬を日高の生産者が30億円ちょっと(シンジケートは44億でしたっけ)で買うのとを単純に比べたら、前者の方が圧倒的に妥当なように僕には思えますけど。片方がああいう結果が出てしまっている故の印象でしょうか。

何の根拠もない推測を書いておけば、
ゴドルフィンの一連のオファーには
「日本の大物馬主懐柔策」の匂いがする。

▼そうですか。是非ご自分のフィクション作品にその設定を生かしてみてください。・・・・・・つーか、仮にその論調に乗るとして、その「日本の大物個人馬主」は既に社台(ノーザン)に懐柔されきってたわけですから、そこにゴドルフィンという競争原理が働くのだとしたら、これは手放しで喜ばしいことなのではないかと思うんですが。


この国の競馬は今、「大衆の競馬」から「お金持ちの競馬」へ
大きく舵を切っているような気がする。

▼さぁここが分からない。“この国の競馬”ってなんだ。なにをもって今までの競馬は“大衆の競馬”であると定義しているのか、一体どういう状況が“お金持ちの競馬”なのか、そこが不分明。アドマイヤムーンが40億でドバイの王族に売られていくのは、日本が“お金持ちの競馬”化していく証左だ、と言いたいんでしょうか? Why、なぜ?
 いや、もちろんこれで近藤氏が(さらに)お金持ちになるのは確かだと思いますけど、それが「この国の競馬」にどういう影響を与えるというんでしょうか。体制的な影響は与えるはずもないし、マクロ経済的な視点で考えるなら、これまで圧倒的に貿易赤字・輸入超過が続いていた不健康で不均衡な状態が、サンデーと規制緩和の力を借りてようやく是正されようとしている、その一例というふうにしか僕には見えないんですけど。

「こっちから海外へ出て行けるのだから、向こうからも入ってきて当たり前」というような、
そんな単純な話ではなくて、

▼まぁ貿易赤字云々の話は結果論ですので別にしても、その話の要諦というか力点は、「単純かどうか」ではなく「公正かどうか」では? 公正でなくても、お上がしっかり内需を守っていさえすれば本朝の競馬には豊かな未来がある・・・・・・と信じてらっしゃるのなら仕方ありませんが。

「日本の競馬の目指すべき方向」があいまいなままの方向転換は
僕にはやっぱり危険が伴うような気がしてならない。

▼方向転換って、今回の件に対してJRAは何かしましたっけ。

はたしてお金持ちの競馬を志向して、
「長く親身に応援してくれるファン」を多数獲得できるのだろうか。

▼ここまで読んでも相変わらず“お金持ちの競馬(を志向)”の部分が全く意味不明なので、誰か解読してください。ちなみに、一応僕が試みた解読結果は、
「日本のスターホースを高値で海外にトレードするというメソッドが定着しちゃうと、貧乏で僻み根性の激しい日本の大衆競馬ファンは白けちゃうのでやっちゃダメ!」
という主張なのではないか、といったところです。まぁ、これはさすがに超訳っつうか誤読だろうと思いたいところですが。



▼ちなみに、もし自分が“大衆の競馬”を定義するなら、

  • 馬券を買う環境が整っている、買える馬券の最低単位が安い
  • 無料の地上波テレビ・ラジオ放送が広範な地域で行われている
  • 番組構成や賞金体系が下級条件に手厚い
  • 競馬場の入場料が安い、安い席の観戦環境が良い
  • 控除率が低い

といったところでしょうか。まぁその辺をJRAがどの程度のレベルで満足させているかというのは人によって判断の分かれるところでしょうけど、少なくともそこに、

  • 金満馬主さんの馬ばかりが活躍しない
  • スターホースは海外にトレードされてはならない

というオプションが入ってくるとは僕には思えません。そこは胴元やファンが容喙すべき(できる)分野ではない、というのが単純な把握です。
 仮に馬主サイドのスタンスがファンに直接的な影響を与えるとするなら、「アドマイヤムーンは40億なら売るけど、ディープインパクトは100億積まれても売らない」という馬主さんのバランス感覚の部分でしょう。要するに、馬主さんが「空気読める」かどうか。ただ、そこは馬主さんのパーソナリティに因るとしか言えませんし、そういう馬主さんが幅をきかせるかどうか、そして空気の読めない馬主さんの馬をファンがどう扱うかというのは、体制としての日本競馬のあり方とは全く別物なんじゃないかなぁという気がします。
 あと、もし仮に「(馬主・馬券ファンともに)お金持ちしか勝てない」という状況を胴元なり馬産地なり市場なりが作り出せると仮定すれば、確かにそれは“お金持ちの競馬”と言えるだろうな、とは思います。でも、そんなことはありえない、というのはラフィアンのお抱えライターである河村氏が一番信じなければいけないところでは。

ただ一連の「クラブ法人軽視の風潮」ともあいまって、

▼てなわけで、ちょっと引用順が前後してしまいますが、体制そのものの問題であるクラブ法人問題と、あくまで馬主間のトレードである今回の件とを関連付けるのは無理があるよなぁ、という気がします。それとも、「一口馬主への冷遇に一口嫌いな有力個人馬主の意思が介入してる」という話とつながったりしてるんでしょうか? その辺は、僕にとっては想像の域を出ないのでなんとも語り(騙り)ようがありませんけど。

目指すべき競馬の在り方が、
この国の外に本当にあるのだろうか。

▼論理のすり替えも甚だしいかと。アメリカはSunday Silenceを、イギリスはLammtarraを、かの国の“目指すべき競馬の在り方”がこの極東の島国にあると思ったから謹んで送り出した、とでも言いたいんでしょうか? そこにあるのはあくまで経済的論理であり、売り手と買い手の間の交渉結果としての合意であって、それ以上のなにかは介在しないでしょう(もし多少介在したとしても、クリティカルな要因ではありません)。あたかも輸入された日本車を叩き壊す某国の自動車産業労働者のような視野とメンタリティをもってこの問題を語るべし、という覚悟でおられるのであれば、それはもう好きにされればいいのではないかと思いますが。
 ・・・・・・で、結局“この国の競馬”を舵取りする立場のJRAに、氏はどうしてほしいんでしょうか? 一口馬主の権利を認めろ、ということなら大いに同意しますが、ムーンの件ビタイチ関係ねぇしなぁ。


▼うーん、ラフィアン会報の記事は、目的と対象がはっきりしてるのでそう変な話も出てこず、個人的には結構割り切って楽しく読ませてもらってるんですけどね。大枠の話をさせると相変わらずアレだなぁ、というのが率直な感想でした。