馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

人としてスタンスがずれている

馬インフルエンザはおわらない? - 血統の森+はてな

防疫がどうして大切なのか、そもそも防疫とはなんぞや?なぜ隔離しなければいけないのか?ちょっとそのあたりの知識がないと到底太刀打ちできないな…。

▼太刀がなければ、拳銃を使えばいいじゃない(マリー)。momdo先生らしくもないお言葉で、ゆたゆたさんに絡んでる場合じゃないですよ、相手は強いほど燃えるでしょ(えー)。
 またぞろ『サラブレッドの科学』(ブルーバックス)から引用すると、

万一日本で再流行することがあれば、その経済的損失と社会的影響ははかりしれないものがある。

という表現なのですね。もちろん経済的損失には馬匹そのものの損失も含まれるのかもしれませんが、基本線この病気で危惧されるのは、「競馬が出来なくなること」と、少なくともこの本を編んだ日本中央競馬会競走馬総合研究所は認識しているのではないかと。それは、和田師や小島茂師の「(誤解を怖れず言えば)ただの風邪」というスタンスと通底する話です(追記:その認識が甘い、とか、そもそもJRAの防疫体制が甘すぎ、というのは、オーストラリアの感染問題も含め、別途議論が必要ですが)。
 あとは、プライオリティを「競馬」に置くか「馬」(そして感染拡大という「社会的影響」)に置くかで、判断基準、要するに「どこまでリスクを取るか」という閾値から全く変わってくるわけです。


 で、仮に「競馬再開」を第一義と完全に固定してしまえば、現状追認を大前提としてこういう論理の筋道が成り立ちます。

  1. 流行発覚から全頭検査まで(つまり全ての陽性馬の特定まで)、少なくとも1週間以上の時間がかかる(しかも簡易キットで)防疫体制しか取っていなかった。
  2. 集中的かつ閉鎖的なトレセンにおいて、「隔離馬房」が全陽性馬の隔離に十分ではなかった(もし完全隔離するとしたら、厩舎割を超えて厩舎間・施設間シャッフルをフル活用した大移動が必要になる)。
  3. その防疫体制を前提とするのであれば、全頭検査が終わるまで全馬の馬場入りを禁止し、しかもその後の隔離を現状の施設体制で行うとすれば、陽性発症・陽性不発症・陰性のいずれの馬も、最低2週間はまともな運動ができない。
  4. もちろん、JRA施設外への移動が禁じられる措置は同様。
  5. 一方現状を見ると、ワクチンの効果か感染率は概ね同時期最大で20%程度にとどまっていると観測される。
  6. であるならば、「興行としての」競馬の正常化の速度を最優先するなら、一定の(JRA内)感染拡大リスクを取ってでも、陰性馬と不発症馬の馬場入り、そして競馬開催の再開を制限しない方が良い。
  7. 逆に言えば、仮に現行体制のままで極力防疫上不足ない処置を行なえば、「JRAの興行」(そしてそれに追随する地方競馬の興行)の「正常化」(なにをもって正常化とするかの定義もまた問題になるでしょうけど)に、おそらくより多くの時間を消費することになるだろう。


まぁ、実際こうした思考回路からああいう判断したのかどうかは分かりませんが。


▼ただ、これが防疫学的常識に、さらには動物愛護の精神に悖る、という浄閑さんの鋭いご指摘も、当然心に留め置かねばならない(つうか多分そっちの方が「正論度」は全然高い)のは確かでしょう。おりしも、(僕は存じ上げなかったんですが)そちらの分野のプロである氏の丁寧なご説明がアップされているので、これからじっくり読ませていただきます(って、読んでから書けよ)。


http://yosouka.net/cgi/mt/archives/000636.html