馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

モアグレイスのこと

3月21日(月)阪神11R・フィリーズレビュー(G?・牝・芝1400m)に酒井学騎手で出走。馬体重は2キロ減の454キロ。イレ込みもなく終始落ち着いた様子でパドックを周回。体をふっくら見せ、状態は大変良さそう。ジョッキーが跨るとグッと気合いを見せ、芝コースに入って促されるとスムーズに駆け出していった。レースでは、揃ったスタートから、他馬の出方を見つつ気合いを付けて先団へ。行く馬もおらずスッとハナに立ち、後続に1馬身ほど差を付け馬群を引っ張ったが、3〜4コーナーの荒れた馬場でノメってしまい、直線では脚色も一杯となり15着。酒井騎手は「行く馬もいなかったのでハナに行きました。直線は最内が比較的痛んでいなかったので、直線までもってくれればと思っていましたが、渋った馬場に脚を取られ、かなり悪化していた3〜4コーナーではつんのめってしまい、直線で脚が一杯でした。良馬場でスピードを活かせれば違ったと思います」とのコメント。レース直後に馬が倒れてしまったという一報が入り、診療所に駆け付けた西園調教師から「診療所で目を洗っていたときに急に倒れたそうです。心臓マッサージ等で蘇生を試みましたが、もう手の施しようがなく、『急性心不全』という診断でした。次の桜花賞ももちろん、今後を楽しみにしていた馬でした。本当に残念でなりません」という話があった。酒井騎手も「まさかという思いで一杯です。この馬でのレースを楽しみにしていました。難しいですが、気持ちを切り換えるしかありません。本当に残念です」と肩を落としていた。同馬の冥福を祈りたい。

グリーンファーム愛馬会

 第45回フィリーズR(21日、阪神11R、GII、3歳牝馬オープン国際(指)、馬齢、芝・内1400メートル、1着本賞金5200万円、1〜3着馬に桜花賞(4月10日、阪神、GI、芝1600メートル)の優先出走権 =出走16頭)フィリーズレビューで15着だったモアグレイス(栗・西園、牝3)が、レース直後の厩舎洗い場で目の洗浄を行っていた際、急性心不全を発症して死亡した。西園調教師は「桜花賞の出走賞金もあるので、本番で巻き返そうと思っていた矢先のこと。本当に残念です」と肩を落とした。同馬は前走のオープン・紅梅Sを逃げ切った快速馬で、戦績は6戦2勝。

http://www.sanspo.com/keiba/news/110322/kba1103220506011-n1.htm


▼写真は昨年7月の新馬戦のもの。結局これが唯一の現地観戦となりました。彼女について思うことは色々ありますが、今はただ感謝の思いと、冥福の祈りを捧げます。


▼自分のことを言うなら、浮かれていた、の一言に尽きます。フィリーズレビュー、天災の影響とは言え1週延びたのは良くないな、とは思っていましたが、かといって嫌な予感がしていたわけでは全くなく。レース結果を見た後でも、展開が向かなかったか、あるいは荒れ馬場に脚を取られただけで、能力の問題ではないだろうと。桜花賞は元々ノーチャンスだと思っていましたし、先々は巻き返してくれるものと信じて疑っていませんでした。勿論のこと、最早「先々」などない、などとは夢にも思っていませんでした……訃報を知るその時まで。
 都合4週に渡って速い時計を出していたことも、彼女の本格化ゆえのこと、と把握していただけで、オーバーワークを懸念していたと言えば嘘になります。

  • 酒井学 2.23 栗坂良1 回 52.1 38.0 24.7 12.1 馬なり余力 坂路コースで入念
  • 酒井学 3. 3 栗坂不1 回 53.2 38.2 24.5 12.1 馬なり余力 坂路コースで入念
  • 酒井学 3. 9 栗坂稍1 回 51.1 37.2 24.1 12.0 強目に追う 坂路コースで入念
  • 酒井学 3.16 栗坂良1 回 53.9 38.8 25.4 12.6 馬なり余力 坂路コースで入念

全てジョッキー騎乗で、脚色も馬なりから強目。でも今にしてみれば、強く促されることもないまま終いまでしっかり脚を伸ばす彼女の真摯さが、大きな負担となっていたのではないかと思えてなりません。


▼繰り返しますが、浮かれていた、あるいは油断していた、というのが率直な気持ちです。もちろん純粋に彼女の死を悼む気持ちはありますが、それ以上に「競馬にはこういうこともつきものだ」という大前提を失念していたがゆえのショックの方が強いかもしれません。高を括っていた、と表現してもいいでしょう。さらに言えば、過去に競馬場で逝った出資馬もおり、牧場で不慮の事故や病に斃れた馬はさらに多くいたにもかかわらず、「板子一枚下は地獄」であることが頭からすっかり抜け落ちていた自分に対する失望、と換言できるかもしれません。
 「今は競馬どころではない」などと言うつもりは毛頭ありません。競馬がなければその存在価値の大半を喪ってしまうのがサラブレッドという種である、という自分の中の認識は過日の馬インフルエンザ禍の際と変化ありませんし、自分が競馬から完全に離れることもないでしょう。ただ、ファンとして(特に一口馬主として)その競馬にどうコミットしていくべきか、という姿勢あるいは覚悟について、少し見つめ直す必要があるだろう、とは考えています。