馬の気持ちはわからない(一口馬主遺産)

『馬の気持ちはわからない(『傍観罪で終身刑』改メ)』(http://d.hatena.ne.jp/Southend/)の移転先にして遺跡です

地方競馬の処方箋(処方編)

の続きです。


▼まず、現在実質的には上層下層の関係にありながら、制度的には並列(パラレル)である中央と地方を名実ともにピラミッド型に組み直す、というのが、現状打開への大前提だと仮定しましょう(そうではない、今の地方競馬の枠組み内でもブレイクスルーは可能だ、という向きは、以降は読まなくて大丈夫かと思います)。
 その方向で改革を進めるにしても、ピラミッドの最下層、あるいは入口となる新馬戦が総じて地方というのは考えづらい。であるならば、現実的な解として「中央の新馬・未勝利戦の終了時期を大幅に前倒しし、それまでに勝ち上がれなかった馬たちの長い長い<スーパー未勝利戦>を地方に委託する」、という筋はどうでしょうか。基本線としては、前回のエントリで紹介した須田氏の

 このままいくと、荒尾はJRAと他地区の受け場外専門になるわけです。そこでは利益が見込めるわけで、ならばそれを原資に全レース交流競走(佐賀との)という設定でライブレーシングを年に数日でもいいから実施する。その時点で荒尾所属の人馬はゼロになっていて、交流競走だけど全馬佐賀所属という形でレースを行います。

荒尾競馬存廃 : 須田鷹雄の日常・非日常

の案の援用、つまりは“交流競走だけど全馬JRA所属”という体裁を取ればどうか、ということです。
 もちろんこの形を採りつつ、地方競馬場の経営を成り立たせるレベルで中央のレースをアウトソーシングするためには、中央の番組構成自体をかなり劇的に変える必要があります。そこで前述した、「<スーパー未勝利戦>を地方に委託」という方向性です。


▼例えばざっくりと新馬戦は2歳末まで、未勝利戦は3歳3月まで」としてしまう。そして、3歳頭からは中央と積極的な提携関係を結んだ(あるいは実質組み込まれてしまってもいい)地方競馬場で、所謂<スーパー未勝利戦>を受け持つ。もちろん平日開催に限定して中央とはバッティングさせず、中央の馬券販売インフラ(つまりはWINSやPAT)を販売窓口として提供する。
 この部分だけ見れば、別に無理筋とは思いません。例えば<スーパー未勝利戦>の開始当初は、確か1着賞金400万円ぐらいの設定だった気がします。一時は横並びに戻りましたが、現在は3歳夏季が1着賞金480万、秋季(所謂<スーパー未勝利>)は450万*1。そんな中途半端が許容されるのなら(そして賞金補填を前提とした「交流競走」なる歪な代物が成り立つのなら)、むしろ「明確に低賞金化し地方に委託」まで割り切ってしまってもいい気がします。もちろん一発勝ち上がりではなく、未勝利クラスの脱出条件を所定(現在だと400万)の「収得賞金」を満たすこととして。
 つまりは、現行の<スーパー未勝利>と、所謂地方出戻り(2勝もしくは5戦以上かつ1勝)制度の融合というイメージです。仮に委託先での1着賞金を100万円とするなら、4回勝てば中央新馬あるいは未勝利を勝ったことと同様とみなす。少なくとも、収得賞金20万円とかの馬が中央にいるより自然だと思います。


▼このシステムが実装されれば、地方にとっても、そして中央にとってもある程度WIN-WINとなりうる可能性があります。
 まず地方にとっては、ある程度フレッシュな馬資源を早い段階から多数活用できます。もちろんいくら馬の質が劇的に上がるとはいえ、スーパー未勝利戦だけで客が集まるわけもないので、交流重賞や一部の特別競走等を同時に提供してもらってメインに据える必要はあるでしょうけれど、中央とシームレスにつながった形での「未勝利戦のアウトソーシング」は、馬券販売的にも日本競馬全体のグランドデザインの再構築という意味でも、大きな可能性があると思います。
 一方中央は、番組的に魅力の乏しい3歳未勝利戦を大幅に減らせます。当然ながらその分オープン競走や高額条件戦が増える訳で、賞典費の負担が増える分をカバーできるかが鍵ですが、短期的にはともかく、中長期的には「平日顧客」という中央競馬から見た最大かつ最後の黄金郷*2を開拓できるメリットは大きいのではないかと。
 また、現状個人的に大問題だと思っている(けれど世間的にはそうでもないかもしれない)中央競馬における芝/ダート間の格差」の緩和、という効果もあるかもしれません。そもそも中央の芝とダートのレース数が全く同じなのに、オープンと重賞の数は芝がダートの4倍以上、という構造が歪なわけです。特にクラシックを中心とした3歳世代限定戦においては、この格差(芝路線偏重)は酷いとしか言えないレベル。これを、例えば一歩踏み込んで、未勝利だけではなく世代限定ダート戦の多くを地方にアウトソーシングしてしまえばどうでしょうか。少なくとも、ヒヤシンスSを勝ったあとは兵庫CSかユニコーンS、あるいは海外ぐらいしか大目標がない、などという阿呆らしい状況はすぐにでも改善しうるはずです。中央にとって地方との業務提携は、そうした問題点を一気に是正する魔法の杖という考え方もできるのでは、というのが個人的な妄想です。


▼具体的に(といってもざっくりですが)数字を出しつつ、例えば佐賀・荒尾を小倉のサテライトと位置づけたとしてシミュレーションしてみましょう。仮に夏の小倉の3歳未勝利戦を丸ごとアウトソーシングしたとすると、

  • 1年間に約60戦×約3億円=約180億円分

になります。現在の中央3歳未勝利戦の売上は、

  • 1レースあたりの粗利…約3億円×0.2〜0.25=約6,000〜7,000万円
  • 1レースあたりの賞典費…約1,600万円
    • 本賞金&出走奨励金合計=1着賞金の208%=約1,000万円
    • 特別出走手当合計=約37万円×16頭=約600万円

あたりがモデルケースなわけで、単体で見れば粗利益率7割の超優良番組。これをうまく地方に投げられれば、一気に状況が好転する可能性もありそうです。
 とはいえ、もちろん賞金を下げる分ひとつのレースの価値は下がるわけですから、その分レース数を水増ししなければならず、開催経費はかさみます。もし前述したように、現状1着賞金約500万円の中央3歳夏季未勝利を100万円程度にして開催したと前提し、出走手当も半分に減らせば、1レースあたりの賞典費は500万円程度。1着賞金の減額分レース数を単純に5倍にしたとして300戦。まぁ出走条件の設定(残り開催日が少なくなった時点で、本賞金の少ない馬はご退場いただくシステムにするなど)次第では、必要なレース数はもっと減るかもしれませんが、200戦まで圧縮したとしても、ようやく元々の賞典費とトントンで、開催が増える分の経費増や、平日に移行することによる売上減で、大幅な収支悪化は避けられません。
 この1レースあたり500万円という賞典費を、平日の地方競馬場での開催での売上で賄えるかどうかは、IPAT等の中央インフラを活用しても正直微妙な線だと思います。ただ、メイン前後だけでも上級競走を据えてそこにぶら下がる形を取れば、成立しても不思議はないのでは、とも(この辺は後述します)。この方向性で多少なりとも利益が出るのであれば、配分比率次第ではありますが、少なくとも年間1億ほどの赤字で青息吐息の状態になる規模の佐賀・荒尾にとっては十分すぎる数字です。



▼もちろん収支見込以前の問題も多々あります。大きいところだけでも、

  • 競馬法的にクリアなの?
    • 条文を全く吟味してませんが(えー)、おそらく現状では難しいでしょう(主に開催日数とか)。
    • 競馬法施行規則を見るに、「交流競走」というスキームは抜け道になりそうですが、「全馬JRA所属」という形を取ると脱法行為扱いされそうな気も。
  • PATを平日の地方競馬開催にフル対応させることが大前提になるがそれは可能なの?
    • できるはずですが、実際問題どんな運用になるかはちょっと想像がつきません。
  • 地方との売得金の按分をどうするの?
    • 開催経費負担も含めた場所貸し代、という名目の最低売上保証を基本線に、売得金からも歩合制的に分配できれば、地方競馬場の維持コスト問題は劇的に改善するのではないかと思いますが、具体的にどの程度の数字が見込めるかと聞かれると不分明。
  • 情報提供面でのシームレス化をどうするの?
    • レース情報はTARGETに頼り切り、というような層に訴求するためにも不可欠だとは思いますが、どのレベルまで一元化できるかという点は微妙。
  • 現行の地方競馬の枠組みはどうするの?
    • 首尾よく中央競馬の受託開催で利益が出せれば、それを補填する形で維持できるかもしれませんが、いずれは発展的解消を目指さざるをえないでしょう(もしくは還流先としての「シニア競馬」に特化するか)。雇用問題等を含めてソフトランディングするのはいかにも難しそうですが、少なくとも「いきなり廃止」より全然マシだと思うしかないかと。
  • 特に南関東はどうするの?
    • 現状を鑑みるに、「中央と南関東の二軸構造」をすぐに解消するのは難しいのかもしれません。そうこうしているうちに「拡大する中央開催」の割を食って独自性を保てなくなる蓋然性は高いかも。
  • 中央開催で芝レースの割合が増えすぎた結果、馬場保全的、あるいは番組編成上の問題が生じないの?
    • 馬場造園科と番組企画室の中の人頑張って!(えー)
    • 「奥手の芝馬」には非常に厳しくなる点への救済策も必要か。
      • 芝の未勝利戦だけは残すという手も。
  • 中央の馬資源が不足するんじゃないの?
    • 短期的はかなり不足するでしょうけれど、除外ラッシュの500万下を「薄める」ことでなんとかカバーできる範囲ではないか、とも。

などなど。ですので、現状はどこまで行っても絵に描いた餅、単なる思考実験あるいは「ぼくのかんがえたにほんけいば」なのは認めます。

 ただ、これぐらいドラスティックに改革しなければ、今の地方競馬インフラや資源をある程度でも保全しつつ持続的に維持していくための原資は、早晩確保できなくなるだろう、と思うのも確かです。


▼冗長になりすぎたので&この調子で詳細を詰めていくとキリがないのでまとめると、

  • 地方競馬への診断…このままだと近いうちに(南関東以外)死ぬ。
  • 地方競馬への処方箋…中央のレースを受託開催して生き残れ。
    • 現在の交流戦とかいうレベルではなく、実質丸々場所貸しする形で。
    • 開催場ごとにぶら下がっている地方の人的・馬的資源は、中央へのショバ代で食いつないでいる間に発展的解消(可能であれば中央との一本化)を目指す。それまでは独自開催も合わせて行う。
    • あるいは中央との棲み分けを徹底する(c.f.中央で頭打ちになった馬の受け入れに特化した「シニア競馬」等)。
  • 中央競馬への要求…一部のレース(例えば夏季以降の3歳未勝利戦)を丸ごと地方に丸投げしろ。
    • 付随して、現在芝との格差がありすぎるダートの上級条件戦やオープン競走を増やした上で、それも一定数地方に投げろ
    • 要するに、短期的には負担が増えても、自身が持つリソースを「平日顧客の開拓」という方向に振り向けろ。
    • 地方開催を既成事実化しつつ、中長期的には馬的・人的資源も中央と地方で一本化(「シームレスな日本競馬」)を目指せ。
    • 可能なら設備インフラも活かせ。

といった感じでしょうか。こうして書くといかにも無茶振りですが。


▼ただ、長々と書いておいてなんですが、ここまでやらなくても短期的には地方競馬を救う(かもしれない)術が、既に実現しつつあります。

全国の50カ所以上で発売された南部杯の売り上げは4億4391万円。
(引用者注・2006年度の数字)

G1と名付けられたJRAの大きなレースは、1レースで数百億円規模の売り上げがあり、南部杯のようなレースでは、それに匹敵する売り上げも可能と見る関係者は多い。南部杯1レースで200億円の売り上げを達成することができれば、それだけで岩手競馬の年間の稼ぎを産み落とす。
(引用者注・競馬にさほど詳しくない記者が書いているのか情報源の質が低いのか、ちょっと現実と乖離した見通しではありますが、基本線としては間違っていません)

割合は未定だが、レースの売り上げの一部が岩手競馬の支援に充てられる。

これに関しては震災復興支援という単発企画かもしれませんが、一方で、

と、「中央のインフラを使って地方の馬券を売る」体制は整いつつある。そうなると、わざわざ大掛かりなリストラクチャなしでも、

地方競馬は経営規模が小さいため、たった一レースのたかだか数億円程度でも黒字化に持っていける可能性は高い。

PATで地方交流重賞など発売へ - 座布団が行司にクリーンヒット

わけです。やってみないとわからない面もありますが、当座のところ、少なくとも5年10年はこれで凌げてしまう可能性は十分あると思います。


▼しかし、それでもなお、単に地方の赤字を補填するだけの馬券発売インフラ開放だけでは、いずれ「地方競馬」という存在の価値を問われた際のエクスキューズが用意できなくなる日が来てしまうだろう、というのが個人的な予測です。そのためにも、まだ多少なりともリソースが残っている今のうちに日本競馬のグランドデザインを描き直す方向で動いていくべきではないか、というのが最終的な見解。短期的にはIPATによる交流重賞等の発売乗り入れで利益確保するにしても、それを単に食いつぶすのではなく、最初はそこにぶら下がる形であっても下級競走から構造改革していかなければ未来はないよ、と。まぁ「イシャはここだ」と断言するほどの確信があるわけでもありませんが……。


<関連>

*1:参考:http://nakayama-racehorseowners.or.jp/pdf/activity_20101021b.pdf

*2:余談になりますが、タイキエルドラドの冥福を祈ります。