リアルインパクト、あるいは堀宣行先生のこと
▼プライヴァティーア、という馬がいました。
今はなきサウスニアレースホースクラブで総額5,250万円(税込・500口)で募集された2000年産馬。父はアフリート、かつてエプソム愛馬会で6,300万円のエリシオ産駒が募集された際、「宇宙一高い」と形容されたことがありましたが、その表現に従えば、宇宙で3番目ぐらいには高いアフリート産駒なのではないでしょうか*1。
2002年6月栗東・森厩舎からデビューするも、レースに参加できないレベルの走りしか見せられず。結局3戦したところで厩舎から見切りを付けられ、2003年、開業したばかりの堀宣行厩舎に転厩。回転重視だった森厩舎時代と違ってトレセンでじっくりじっくり調整してもらい、転厩緒戦は美浦に入ってから2ヶ月以上経った5月4日のことでした。そこでプライヴァティーアは北村宏司騎手を背に好スタートを決めると好位を手応え良く追走、勝負所では一旦置かれかけるも、直線半ばからまたじわじわと盛り返し、勝ち馬からは離されたものの4着と初掲示板を確保。競馬ブック誌の短評でも「休養前とは雲泥の差」と書かれていた通り、まさに別馬のような出来と競馬ぶりでした。
それは単に、プライヴァティーアにとって「時期が来た」だけのことだったのかもしれません。でも、(某リーディング厩舎の)効率重視のマネジメントばかりを目にしていたその頃の自分にとっては、堀宣行という若い新人調教師の真摯な姿勢がもたらした奇跡にしか見えなかったのです。
その後のプライヴァティーアの足跡については、語り始めるとキリがありません。針の穴を通すような確率で出走に漕ぎ着けたレースでの歓喜の未勝利脱出から、悲しい別れまで。ただ、とにかく言えることは、凡百の厩舎はもちろん、逆に超一流の地位を確立してしまった厩舎であっても、あれだけ体質も気性も問題だらけだったプライヴァティーアという馬を勝ち上がらせ、なおかつあれだけ多く競馬場に送り出すことは不可能だっただろう、ということです。それはもちろん検証不可能な仮定でしかありませんが、僕の中では揺るぎない真実として今も、心の奥底に深く深く刻まれています。
そして同時に、「一口馬主として(たとえ数百分の1口でも)出資馬を応援し、(たとえ収支は真っ赤でも)その走りに喜びをおぼえる」ことの意味を(その結末も含めて)初めて本当に教えてくれたのが、プライヴァティーアであり、堀師だったこともまた確かです。
その後の堀厩舎の躍進は、皆さんのご承知の通りかと思います。一方で、主に一口界隈でその管理手法に少なくない批判が集まったことも承知しています。しかしそういったこととは別次元で、僕の一口馬主的個人史において、ラウンドアイズ・アウダーチェという今にして見れば明らかに脚元に問題を抱えた(正確に言えば故障する蓋然性の高い形の)馬をまがりなりにも勝ち負けさせ、またトゥルーノースという(やはり心身ともにかなりの)癖馬を劇的な形で勝ち上がらせたこの堀宣行という調教師への信頼は、信仰と称して差し支えないまでに高まっていました。
▼ここまで書けば後はある意味蛇足なんですが、一応記しておきます。
トキオリアリティー'08という募集馬に関しては、良駒だと評価しつつも、当初出資するつもりはありませんでした。'06世代から意識し始めたローコストオペレーションを推し進める上でのマイルールとして、総額3,000万円を超える馬には基本的に出資しないでおこう、と思っていたからです。あと、値段以外にもいくつか出資をためらわせる要素がある馬だったのも事実です(その証拠にこの馬は、2歳5月まで残口がありました)。しかし最終的に締切り直前駆け込むことを決断させたのは、「それでも堀なら……堀先生ならきっとなんとかしてくれる」という二心なき信頼感(あるいは信仰心)以外のなにものでもなかった、と記憶しています。
最初はブランド、次は血統、そして馬体と、自分が馬を選ぶ基準はどんどん変わっていきました。しかしプライヴァティーアにしても、またブルーメンブラットにしても、これまでの僕にとっての特別な馬は、転厩して見違えるように変わった、という共通点が見出せることを考えれば、(主役が馬であることは認めた上で)最終的に競馬は「人を選ぶ」ことに行き着くのかな、という気がしています。少なくとも、自分の見る目(だけ)を恃むことの傲慢さや無意味さは、自戒を込めて常に心がけておきたいところ。と、これはさらに蛇足ですが。
▼堀先生、プライヴァティーアとラウンドアイズとトゥルーノースの名付け親のSouthendです。当然覚えてはいらっしゃらないとは思いますが、年賀状のお返しをいただいた時は本当に感激しました。そしてもちろん今回の勝利にもまた。もし祝勝会に出席できれば、直接8年分の御礼を申し上げたい所存ですが、まずはここに心よりの謝意を。本当にありがとうございました。
「正直に言うと、最終追い切りも含めてこの中間の調整は難しかったです。しっかり仕上げた前走のあとだったので疲れもいくらか残っていたときもあったし、やりすぎていい状態に持っていくためには微妙なコントロールが必要でしたからね。やりすぎたら疲れる、ソフトにしすぎたらレースで動けないタイプなので、先生と綿密に相談しながら最終追いを単走でサッとやったんです。そんな中でいちばんいい結果を残せて本当に嬉しいです。馬が立派です。本当にありがとうございました」(菅沼助手)
「古馬相手は容易くないし、強気なことは言えませんでしたが、今回うまく調整できたかなと思っていましたし、いい勝負をしてくれるかもと内心では思っていました。それに枠順を見たときは“いい枠だな”と思いましたし、今思えば枠が出た瞬間に今回の好走が決まっていたのかもしれませんね。切れるタイプではないのでスタートを決めていい位置で流れに乗ることが大事だと思っていましたから、ジョッキーにはスタートは特に注意するようにと伝えておいたんです。前回は待たされた影響からスタートがうまくいかなかったですが、今回はスッと出れましたし、テン乗りでわずかな不安もあったなか折り合いもしっかりつきました。斤量の差もあったのでしょうが、直線もよく凌いでくれましたね。ジョッキーも上手くリードしてくれましたし、最高の結果を出してくれました。人馬ともよくやってくれたと思います。このあとは予定通りお休みにあてる予定ですが、マイルカップのあとの今回です。古馬とのハードな戦い、しかも速い時計で走ったあとですからなおさら反動も出やすいでしょう。まずは数日よく見てから放牧に出したいと思います。今後は、マイル路線を中心になるのは確かですが、始動戦については夏の回復具合をよく見てからローテーションを考えたいと思います」(堀師)
キャロットクラブ公式サイト情報より引用
堀調教師にとっては2着のストロングリターンと合わせて管理馬がワンツーフィニッシュ。最高の結末に「こういうこともあるのか…」と目を見開いて喜んでいた。
【安田記念】父ディープ譲りの末脚で偉業
「満口になってホッとしています。」
キャロットクラブ公式サイト情報(2010年5月19日付け)より引用